ひろば 希望へ・・は、皆様から寄せられたメッセージをご紹介しています。

   皆様の体験談、またはご意見、メッセージ等をお待ちしております。

                    こちらからどうぞ

 Y市 T.Y 様

  (幼い時の交通事故が原因  B.P治療歴 1回)

.:*:・'゜ 小学6年生の娘が、修学旅行に行ってきました。.:*:・'゜
 2学期になってからも保健室登校ができるかできないかぐらいの体調でしたが、
 部分参加でも行きたいというので、母親の私が同行するという条件で参加
 させてもらうことになりました。

 みんなはバスで行きましたが、私たち親子は新幹線で行き現地で合流しました。
 先生の御配慮で、同じホテルで私も、部屋を取っていただき、
娘は、体調によって
 みんなの部屋でも泊まれるし、私の部屋でも、泊まれるような状況に、してくださいました。
 結局、しんどくて、私の部屋で泊りましたが。。。
 2日目の午前中は、みんなと一緒に行動し、午後の遊園地は行かずに帰ってきました。
 しんどいながらも、みんなと一緒に食事をし、集合写真に写ることができ満足な
 様子でした。
修学旅行が終わったら、ぐったりするだろうし、それまでの体調も
 良くなかったので、2週間の安静を取ってみようかと、旅行前に主治医と相談し
 その予定でした。子どももそのつもりでいたのですが、以外にも、修学旅行から
 帰ってきてからは、それまでより元気で、このままでいけそうな感じです。
 修学旅行に行って自信がついたのかも知れません。
 このまま、良くなってくれればと願います。

 来年は、卒業式、そして、中学生になります。中学に通えるかどうか不安ですが、
 焦っても仕方ないかとも思っています。


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 H市  細井一成 様

.:*:・'゜ この経験・・・一生忘れられない!!自分の胸に強く刻み込まれました.:*:・'゜

・ 7月15日、無事に元気に退院しました
 今回は、腰椎(腰の部分から)から髄液漏れが起こっていました・・・・・しかも、
 左足下肢麻痺つき・・・・・左足の感覚を失い、そして足が動かなくなりまた。。。
 一ヶ月以上、車椅子生活を送りました。。。当時は、将来的にどうしようと不安で
 仕方がなかったけど、熱海病院転院後、
検査をし、治療(ブラッドパッチ)を行い、
 1週間後、すべての機能が回復しました。
 治療やリハビリのおかげもありましたが、それだけではなく、病院でお会いした患
 者さんや医療従事者の方々、そして学校の先生や、友達の支えでここまでこられ
 たことにとても感謝しています。
 本当にありがとう!!

 日常生活で当たり前のことができるって本当に幸せなんだなとつくづく痛感し、
 えさせられました。あの足の感覚が戻ったときの感動は忘れられない・・・・・
 嬉しすぎて本当にたくさん泣いた・・・・・

 あれは、夕方のことでした。
 年が近くて、同じ病気で入院していた子と夕食を食べているとき、頭痛が結構強か
 ったので、ひとまず夕飯だけ食べて痛み止めを服用した・・・・・
 そのまま病室のベッドに戻り、5時間くらい寝ました。
 23時頃に目が覚めると、ふと左足がむずむずするような感覚が!!!!!
 のちに温度感覚(暑い・寒い)が分かるようになり、まさか!と思って左足を触って
 みると・・・・・・普通に感覚が分かったのです!!

 左右の足での感覚は特に変わりはなく、すぐにナースコールしました!
 夜勤の看護師さんが見てくれて、「本当によかったね!」と喜んでくれ、
 僕は嬉しすぎて泣きになきました・・・・・・

 そして、足に力を入れてみると、自分の思うとおりに動くようになったのです!
 思い切ってベッドから立ち上がりました!
 すると、ピン!と立てるようになったのです!

 さすがに一ヶ月足を動かしてないと変な感覚に陥りましたが、でも立ってみたら正直世
 界が変わった・・・・・・車椅子に乗っていた視線とたったときの視線ではぜんぜん世
 界が違いました!

 その後、先生やリハビリの先生にも伝えて、びっくりしたように「よかった!!」と
 喜んでくださいました。何人かの友人にも知らせて、ないちゃいました(笑)
 次の日、朝一番で学校に電話し、先生に泣きながら報告しました。担任の先生も本
 当に喜んでくださいました。
しばらく、リハビリを続け、日常生活に支障がないレベ
 ルまでもっていき、今日に至るわけです。
 この経験・・・・・一生忘れられない・・・・自分の胸に強く刻み込まれました☆彡
 退院後、学校に登校し、みんなが「おめでとう!」と祝福してくれました!
 みんなありがとう!!!!!そして先生ありがとうございます!
 感謝の気持ち・・・・・ずっと忘れずに、人に接していきたいと思います。
 いままで多くの人々にお世話になってきました。自分をここまでしてくれたのは、
 本当にお世話になった方々のおかげです。


 細井一成様からのもうひとつのメッセージ
   僕の経験したことが、少しでも「脳脊髄液減少症」の患者様や親御様に、勇気や
   希望を与えることができるのであれば、また、お役にたてたらと思います。
* 普段健康で当たり前にできることは、本当は当たり前ではないのかもしれないと
   思っています。
* 人は支えあっていきてる…まわりの人々に助けられながら…必ずどこかで救わ
   れているのだと思います。
* 全てにおいて、感謝しながら生き続けること…人間にとって必ず忘れてはいけな
   いことだと思います。
* 何かが起こって初めて気づくということ、見えてくること、世の中にたくさんあると
   思います。
* 原因は必ず結果をもたらす…本当にそうですね。この病気も「治療」というきっか
   けがあり、結果として必ず治ると信じています。
* 希望をもち、前進していくということは、この病気、いや病気だけではなく全てに
   言えることだと思います。

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 千葉県  J.N 様より

・ 4月末にブラッドパッチ治療をした小学生の息子は、先週から少しずつでは
  ありますが、学校に登校しています。
・ まだ半分夢を見ているようですが、たくさんの方々のお力をいただいて少しずつ
  前に進ませていただいています。
・ 千葉県では、「脳脊髄液減少症による長期欠席者に学習面を含めた様々な
  対応が出来るよう支援する。」という話が出ているのですね。
・ 息子の場合、症状が悪い時には勉強はできないようで、諦めていました。
・ また、担任の先生からも連絡をいただいたり、訪問していただいていましたが、
  毎日8時・9時まで学校に残っているという、とてもお忙しい中に時間を作って
  いただいている現状を見てきたので、先生にも負担にならない良い方法で実現
  することを願っています。
・ 今回のことで私も、親だけでは子どもは育てられないことにあらためて
  気づかされました。
・ 登校に関しては、養護の先生や担任の先生を始め、クラスのお友達が本当に
  良くしてくださり、魔法のように教室へ連れて行ってくれました。
・ もし、怪我もなく普通に生活をしていたら、全てが当たり前と思い感謝の
  気持ちもなく、不平・不満で過ごしていたとおもいます。
・ 普通に生活できることが実は如何に、周りの人達に支えられているか、という
  ことに気づけたお嬢様や息子達は私も含め本当にありがたいことですね。

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 東京都 S.E 様より  

.:*:・'゜BP治療後、息子がここまで完治したのは事実.:*:・'゜
 高校1年生の息子が発症したのは、小学校6年生の時でした。
サッカーの練習中に激しい転倒により腰を強打し腰椎分離症になりました。
その後、腰は回復したのですが、倦怠感、頭痛、視力、聴力障害、手足のしびれ、
めまい、ふらつき等の症状が現れ登校する事が不可能となりました。
  4ヶ所目の病院で脳脊髄液減少症と診断されました。
検査結果では大量の髄液が漏れていたので、すぐにBP治療を行いました。
その後、徐々に改善し中学校へ通えるようになりましが、気圧の変化による頭痛、倦怠感は残っていました。
 息子にとっては何より大好きなサッカーや運動が出来ない事が辛く、何度も悔し涙を流
し精神的に不安定な日々を過ごしました。
 2年生からは体育の授業も受けられるようになり順調な回復でしたが、高校受験間近になると、さすがに勉強疲れで体調を崩す事が何度かありました。
やはり以前よりは体力が無く無理をするとすぐに体調が悪くなり回復するのに時間がかかるようです。
 高校に入学すると、毎朝5時起きで帰りも遅く体力的に心配していました。ところが、息子はサッカー部に入りたいと言い出したのです。何度も説得し、その結果サッカー部は諦めたのですが、どうしても体を動かしたいと言うので条件付きで仕方無く他の運動部に入ることを許可しました。
 親としては、ここまで回復した体を大事にしてもらいたいのと、この状態をこれから先も続けて欲しいので、入部して欲しくは無かったのですが、息子の強い意志を尊重しました。 体力的についていけないだろうと思っていたのですが、頭痛、倦怠感も無く体力もついてきたようです。
 このように息子の場合、一回のBP治療でここまで回復しました。
BP治療は効果が無いと言われてる方もいるようですが息子がここまで完治したのは事実です。
 BP療法をして下さった先生には本当に感謝しています。
現在の息子の様子を知ってもらう事で、少しでも皆様に希望を持って頂ければ幸いです。

※ 腰椎分離症(ようついぶんりしょう)と腰椎すべり症
 腰椎分離症は、腰椎部の椎弓が疲労骨折により折れてしまう症状をいいます。
 原因は、はっきりとは分かっていないようです。小学低学年から中学時代前半に
 発症するようです。中学、高校になっても腰痛が続くことで、診断がつくことが多い。
 一般的には「椎弓」が折れると「腰椎分離症」と診断。
 椎弓が折れるまでに行かなかった場合は「腰椎すべり症」と診断されるようです。
・ 椎弓(ついきゅう)…背骨を構成している骨の一種。
  椎体から横に出ている弓状の骨を言う。
・ 椎体は椎骨の前部を占める短い円柱。

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 子ども支援チーム岐阜支部 田口 清美 様より

.:*:・'゜もう聞く事全てに涙が止まりません。母親の私の方が号泣です。.:*:・'゜
先ほど娘が修学旅行から無事帰宅しました。
よっぽど楽しかったのか、帰るなり横にもならず話しまくりです。
今回、クラスのみんなに頭を下げて車椅子で行った修学旅行 。。。
  前回発病した時より 学校側はもちろん、子どもたちが本当にたくましくなりました。
娘が言うには、男の子が先に電車に乗り、空いている席の前で立ち
“どうぞ”と座らせてくれたり 街中でタクシーをひろって タクシーに車椅子を乗せてくれたり、女の子はいつも傍で気を使ってくれ たり、荷物は全部持ってくれ たり。。。と
引率の先生が、“私は何もしなくても全て子どもたちがしてくれます”
とおっしゃっていました。
スゴイのが、特定の子どもではなくクラスの子全てなんです!!
娘の口から 一人一人 、あの子は何をしてくれた、この子はあれをしてくれた!
と、次から次へと感謝の思いがあふれています。
もう聞く事全てに涙が止まりません。
母親の私の方が号泣です。

娘は本当に幸せ者です。親子ともどもこの病気のお陰で、いい人生の勉強になっています。
こんな経験なかなか出来ないから
悔しいけど、ある意味病気に感謝なんですよ!!

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セミナーin京都に参加して

☆ K市  K.T 様より

 セミナーに参加させて頂き“私たちだけではない”という何故か安堵感、そしてお優しいお言葉をたくさんいただくことができました。
皆様には心より感謝致しております。これからも闘病の日々が続きそうですが、前をしっかりみつめてすすんでいこうと思います。
今日も娘は明るく頑張っています。
母も・・・です。

 
☆ Y市  T.Y 様より

 沢山の方が、セミナーに出席されておられましたね。多くの方のお話を伺いとても励まされました。
 一緒に参加した主人も、とても勉強になったといっていました。
 この病気の、娘や、息子に対する態度も反省したそうです。
 その意味でも、セミナーに二人で参加して本当によかったと思います。
 セミナーで出合った、何人かの方と連絡先を交換し、早速、連絡をいただきました。
  情報交換や、お話をしながら、お互い励ましあえればと思います。
 本当に、いい学びの時、交わりの時をご用意してくださってありがとうございました。
 OS-1(経口補水液)を用意してくださっていて、とてもありがたかったです。

    
 
☆ N市  K.T 様より

 改めて思うのですが、主催の脳脊髄液減少症患者会 翡翠(京都)や、子ども支援チームのされていることは、本当に、今、患者になった人や、その家族の大きな支えだと痛感しました。
 篠永先生もおっしゃっていました癒しとか、先の明るい見通しとかって、患者さんやその家族にとって一番の特効薬なんですね。
 今日、出合った親御さんも本当に切羽詰まった感じでしたが。。。
 やはり“何もしてあげられない”と、嘆くよりどんな小さなことでも良いから、親として、
「してあげられること」を見つけたり、また、今日、お会いできた、患者さんやそのご家族の方々と同じ病気の子どもを持つ親として、娘や、母親の私が経験したことをお話しすることだけでも、お役に立てることが沢山あることがよく解りました。
 やっぱり分かり合えるって良いですよね〜

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S市  H.T 様より

「ひろば 希望へ」の欄、読ませていただきましたが、治療して良くなったという記事がほとんど無いのがショックです。治療して良くなった方、是非報告お願いします。この欄を読んだ人が希望を持てるような記事をお願いします。

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Y市  J.N 様より
小学校4年の男児です。
一昨年の5月から7月の3ヶ月の間に鉄棒から落下したり、室内ドッチボールの最中にロッカーに頭をぶつけたり、首を痛める事故がありました。その後、9月より「脳脊髄液減少症」に似た症状が出はじめました。
小児科で「起立性調節障害」と診断され登校ができない状態が続いていました。息子の一番の症状は、すぐに気持ちが悪くなることです。頭が痛くなることもあるようですが痛みはあまり訴えません。
脳脊髄液減少症になる原因や、横になると楽になり、水分を取ると落ち着くことなど、思い当たることもあり、専門医に受診しました。
RI検査で、やはり髄液が漏れていた為、 ブラッドパッチ治療をしました。
退院日には、治療前より体調が良くなっているようで、本人は体の違いをかなり感じているようです。
「治ったら、ディズニーランドやおばあちゃんの家に泊まりに行きたい。」などと話していて、今まで外へ出たがらなかったのでとても驚いています。
これまで、どれほど体が辛い状態であったか、本当はこんなに元気な子だったんだ〜と、改めて気づかされました。
脳圧が下がると、また症状が出るようなので、それによっては一度の治療では終わらないかもしれませんが、少しずつ回復していってくれたらと願っています。
T先生も、子どもにとても上手に対応してくださり、一ヵ月前に問い合わせたときは、このような結果が待っているとは思いもしませんでした。

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.:*:・'゜★゜'・:*:.「署名活動を行って」.:*:・'゜★゜'・:*:.

              明治大学付属中野八王子高等学校 3年  細井一成


今回の署名活動に当たり、皆さんのご協力のもと、厚生労働省に提出することが出来ました。保険適用がなされない中、治療ができない患者さんも多くいらっしゃいます。
医療というものは公平に受けるものであります。しかしながら、格差が生まれてしまっているのが現状です。
僕は、闘病生活中多くの患者様のお話を聞かせていただきました。
もちろん症状などもそうですが、やはり必ず保険適用に関しての話題が出ます。
僕が署名活動を行おうと思ったきっかけは、その現状を見てきたのと同時に、この事を世間の方々にも多く知っていただきたい、そういう気持ちが僕の心を動かしました。
闘病中、生徒会役員の仲間たちがお見舞いに来てくれて、そこでこの病気と保険が適用されないということを話したところ、文化祭で署名活動をおこなおうという運びになり、昨年の文化祭にて実施することになりました。
先生方・保護者の皆様も大変よく理解してくださりました。そして暖かい言葉をかけていただき、御協力もしてくださりました。
仲間も、僕の苦しみをわかってくれて、同じように苦しんでいる患者さんが多くいらっしゃることも理解してくださりました。
文化祭・文化祭後では、来校者の方々、そして学校関係者の方々、友人から署名をいただきました。
文化祭準備期間から文化祭にかけて協力をしてくれた生徒会役員のみんなもとてもよく動いてくれ、少しでも世間に理解してくれるようにとがんばってくれました。本当に感謝しています。
この皆さんの熱い気持ちがこもったものを、今回厚生労働省に提出することが出来ました。
この活動を通して、世間にこの病気がもっと知れ渡ること、そしてなによりも多くの患者さんが苦しみから少しでも解放されることを切に願っています。

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K市 М様より
同じ境遇の方たちに少しでもお役に立てればと思い、メッセージをお送りします。
・  高1の息子が脳脊髄液減少症です。現在、学校も行けず寝たきりに近い状態で
  す。
・  息子は中学校1年生の時に脳脊髄液減少症を発症しました。
  原因は不明です。ブラッドパッチ治療は2度しました。
・  昨年の秋以来、小康状態をはさみはしたものの、ダウンしている状態です。
  ほとんど横になって一日を過ごしています。
・  息子の長期欠席に、正直気持ちが塞いでおりました。
  先日、学校にこの本を(冊子「子どもの脳脊髄液減少症」)資料として提出しまし
  た。
  先生方の理解を得ることができて、進級を認められました。 
  冊子の御蔭と、感謝しております。
・ 学校の先生方も優しく接してくださることに感謝しつつも、先の見えない今の状態
  に、正直、暗澹たる気持ちでおります。
・  昨年の秋までは、息子の病気は「一過性のもの」「治るもの」と思っていましたの
  で、私も頑張りがきいていました。しかし、今年に入って、また、ほぼ寝たきりとな
  ってしまい出席日数とのせめぎあいもあり、高校生活の厳しさを知り、(それは、
  社会の厳しさを連想させました)。
・  また、「ずっとこのままかもしれない」「この先、どうなっていくのだろう」と不安は
  膨らむばかりです。
・  私は、母親として気弱なところを見せずにきたのですが、ある日不覚にも本人の
  前で泣いてしまいました。そうしましたら、病気の息子が「なんで泣くの? 僕は
  病気で休んでいるだけで、不登校とか、いじめとかで学校に行かないんじゃない
  のに」とはっきりとそう言うのです。
・  息子は、病気と共に過ごしてきたけれども、しっかりと精神的に強く、たくましく成
  長しているのは確かなようです。気持ちがかなり、へこんでいましたが、ふと、冷
  静になれたひと時でした。
・  確かに息子は今日も横になっています。でも、病気だから本人にとっては気持ち
  が楽なんですね。これは、皆様方の今までの運動のお陰なんです。 ありがとうご
  ざいました。
・  この病気はなかなか回りの方たちに理解されがたいところがあります。それによ
  って、辛い思いをする事がままあるのが現状です。
・  病気の子どもに穏やかな気持ちで、寄り添ってあげられるような環境になったら
  と願います。
・  中々治りにくい病気といわれている疾患ですが、その中で何かを得ていけるので
  はと今は考えます。 みんなが快方に向かっていきますように、切に願ってやみま
  せん。

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M様より

 〜セミナーinもばらに参加して〜
S子さんが体験発表されたこと、その勇気とがんばりに、誰よりも大きな拍手を贈
  らせていただきました。
  きっとお母様の、「なんとしても子供を救わなくては」という自分への思い、そして
  他の今苦しんでいる子供たちが、わが子のような思いをしないでほしいという、
  強い使命を持った志を突き進んでいる姿に、背中を押されたのではないかと感じ
  ました。 
  ロビーでのお話の中で、「母が私のことを信じてくれたから、ここまでこられた」と
  言うS子さんの言葉に、同じ母としても心打たれました
  子どもの患者さんが、自分で体験を発表された姿に、きっと学校関係の方も心揺
  り動かされたと思います。そして、不登校などといわれている自分の学校の子供
  たちの姿を、思い浮かべて聞かれたのではないかと。
  そして篠永先生が、「文部省通達をだすのはまだ早いかと思われたけれど、出し
  てもらって良かった」とおしゃったお言葉に、子ども支援チームの活動の重みが
  凝縮されていると思いました。

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H県 M. H 様より

 私が、脳脊髄液減少症になったのは、幼い頃転倒したのが最初のきっかけだったようで
  す。もの心ついた頃からふらついて、学校もほとんど遅刻の毎日。保健室登校も多くありま
  した。いくら病院に通っても「気のせい」と言われ続けたこともあって、「こんなもんだ」と思
  いながら社会人になりました。ブラッドパッチ治療を受けて、主人の理解も得られるように
  なりました。今までつらいことも多くあり、今、子どもさんが同じ状態にあると思うと胸が痛
  みます。また、親御さんの心配も同じように胸が痛みます。どんな時にもあきらめず、少し
  ずつ、前を向いて歩いていきたいと思っています。

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C県 H. O 様より
息子は、昨年12月に、2度目のブラッドパッチ治療をしました。
現在、中学生です。                                       私の運転する車が走行中、追突されたことが原因で「脳脊髄液減少症」を親子で発症しました。 学校は休みがちですが、何とか登校しています。

 先生は、とてもよく理解してくださり、全校集会の時は、椅子を用意してくれるそうです。 ただ、息子が大勢の中で、特別に皆から離れて椅子に座るのを嫌がり、つらくても我慢をしてしまうそうです。 

 それを聞いてから、全校集会のときは、出来るだけ、遅刻をさせて登校させます。 中学生という難しい年齢でもあり、「無理はしないで。。。」というのですが、本人は、生徒たちの目を気にしています。早く、この病気が、「外見では分からない本当につらい病気」なのだと言うことを皆が知ってくれたら・・・と、思います。

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 船橋市在住 T.T 様より

 脳脊髄液減少症セミナーに参加させて頂いて。

患者である自分自身がこうして動けるようになったのはやはりBPのおかげだと思います。思えば5年半前の忌まわしい交通事故がそもそもの発症原因と思われます。当時はこの病気の存在すら知らず、 ただの全身打撲、脳挫傷!全治3週間と言う診断内容でした。

それからと言うもの・・・季節の変わり目や悪天候時に襲ってくる激しい眩暈、頸部痛
それまでは体力にも自信があったのにすぐに疲れやすくなり記憶力も低下

集中力も以前に比べて半減してしまいました。

何度、掛かり付けの医師に不定愁訴を訴えても「MRIで異常がないのだから、
薬を飲んでいれば治ります。気のせいです。」
家族さえも、「先生がそう仰るんだから気持ちの問題でしょう!
ちょっと調子が悪いからって会社休んでばかりいたらクビになるよ!
みんなそうやって我慢して仕事してるんじゃないの!」

分かっている事を言われ続けて、喧嘩も多くなり家庭崩壊寸前まで行った事もありました。

この病気の事を知ったのは、一昨年の春。
JAFと言う日本自動車連盟の会報誌JAFMATEにムチウチ症の事が記載されており、
そこにこの脳脊髄液減少症の事が書かれていたのです。

読めば読むほど、自分の症状にピッタリ当てはまります!
もうこれしかない!
藁にも縋る思いで、千葉県の脳脊髄液減少症患者支援の会の方にコンタクトを取り、
ブラッドパッチが出来る病院を教えて頂きました。

この時点でこのようなセミナーがあったなら、どんなにか回り道をせずに済んだ事でしょう。
でも「支援の会」の方々の多大なるご尽力には今でも本当に頭が下がる思いでいっぱいなのです。

今でも5年半前の私と同じような思いをされていらっしゃる方が千葉県に限らず、
それこそ日本全国に沢山いらっしゃると思います。

私自身、まだまだ完治とまで行かないまでも、この病気と分かる前は仕事も退職を余儀なくされ、 家族を支える身として、一時は死さえ覚悟しなければならなかった程、精神的に追い込まれました。

でも、今はこのようなセミナーにも参加させて頂けるようにもなり、
派遣社員としてですが社会復帰も出来ております。
今では家族もこの病気の事を本当に良く理解してくれています。

「生活もお金も大事だけど、体が治れば必ず元のように暮らせるよね!」そう、言ってくれます。

この度の中川先生のお話は患者にとって、またご家族にとって非常に勇気と希望を与えて下さる内容でした。
この病気に対して、未だ否定的な考えをお持ちの先生方。
一度、追突事故にでも遭われてこの病気になって頂きたい。
その辛さ、苦しさを味わって頂きたい。
もしご家族や肉親がこの病気だったら・・・患者として、心底そう思いました。

かつてこの病気の患者でもあった熱海の篠永先生始め、中川先生のように
「この病気は存在する!苦しんでいる患者さんを助けたい!」

そのために日夜、研究やこの病気の患者さんと向き合っておられます!
この病気の診断治療をしてくださる数少ない病院の先生方。
そのようなお考えのお医者様を我々患者も、どんどん応援して行きたいと思います。

そして、今後もこのようなセミナーを企画運営して下さる「支援の会」の方々、
強力なバックアップをして下さる議員の先生方どうぞ、宜しくお願い致します。

自分も完治したら、是非苦しんでいらっしゃる患者さんのために何か出来るような事が夢です。

 

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 O県 M.Y 様 より
★  子供がこの病気と去年の12月に診断されました。当初、学校の先生での病気のことを知って
おられる先生はいませんでした。
文部省から通達が本当に行っているのか疑問です。例え、行っていたとしても、上で止まっていたり、 紙切れ一枚のことで終わってるのでは?と思います。伝えるのであれば全職員に認識してもらわなく ては意味がないと思いました。
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   ちよっと悲しいお知らせ          2008.1.13  G県 K.T 様より

今日、娘が帰りの会の時立ち上がった瞬間意識を無くし軽いけいれんをおこし倒れました。
病院に行ってCTを取ってきましたが、今のところ異常は無いとのことでしたが、
念のため、ブラッドパッチを受けた病院に受診することにしました。
今回は救急外来で地元の市民病院にかかったのですが、
担当医師の方がとても親切で、この病気について多少知識もおありで、
篠永先生のこともご存知のようでした。
本来落ち込むべき事件の様ですが、行く先々で少しずつ広がりつつあることに
嬉しさを感じています。
 
くよくよしても始まらない!!
私には、大勢の味方がいる!!
そう思えるのはこの支援チームに出逢えたからです。
こころから感謝しています。

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 うれしいことがありました              2008.1.11  G県 K.T 様より
G県内の中学校、高校に冊子を寄付することを決め、勤務先の方の紹介である本屋さんに
300冊注文しました。
請求金額を見てびっくり!! なんと定価より安くなってるんです。本屋さんに問い合わせると、
「応援の気持ち分サービスしとくね!」って言われました
本当に本当にうれしくて涙が出ました。周りの支えって色々な形があって、どんな形でも
人の心を温かくするんだと実感しました。
また、地元でとても評判のいい小児科と内科を開院してみえるお医者さんが、
是非病気について話が聞きたいと言われ、明日行くことになりました。
少しずつ少しずつ話が広がり、うれしい限りです。                
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 H 県  M.Y 様より
 去年の暑い夏、息子は、中学生になって初めての夏休みを、バスケ部で励んでいました。
そんなバスケ一色の夏休みも、終わりに近づいた8月29日の朝、息子の熱と頭痛が始まりました。
6年生の後半から、体調を崩しがちでしたから、「またか〜」と思いながら、
しばらくすれば治るだろうと、考えていました。
けれども、新学期になってもなかなかよくならず、検査にも異常なし。
 [自律神経失調症]と診断されました。その時は、頑張りすぎたのだろうと思いました。
でも、「しばらく休めば回復するだろう」という甘い考えは、日々悪化していく息子の症状が
 打ち消していきました。
 
一ヶ月過ぎる頃の息子は、激しい頭痛、立ちくらみ、めまい、体のあちこちの痛みで、
毎日、「助けて〜痛い、痛い・・・」と苦しんでいました。
 
こんなに苦しんでいるのに・・・
 
どこも悪くないなんて・・・
 
この頃の私は、真っ暗な出口のない迷路に迷い込んでいるようでした。
 

治る病気しか経験のない私にとって、あの日以来治らない息子が、

このままどうなっていくのか理解も出来ず、 いくつ もの病院を訪れました。
 
 そして、心の病気にされていきました。
 
大好きなバスケも出来ない・・・ 学校にも行けない・・・体育祭も音楽会も出られなかった息子が、
かわいそうで、毎日泣いていました。でも、必死に光のさす出口を探し求めていました。
 
そして、たどりついたのが、「脳脊髄液減少症」という病名でした。
 
息子の症状そのものでした。  やっと、光が見えた気がしました。
 
 思い返せば、6年生の秋、休み時間に転倒し頭を強打したことがありました。
その時は、すぐに何もなく忘れていましたが、その頃から、だんだん体調を崩しがちになっていった気がします。
徐々に漏れ出していて、中学の激しい運動で、完全に漏れたのだと思います。
もっと私が、早く気付いてあげていればと後悔もします。
 
もし、いくつもの訪れた病院の中の、一人でも、
この病気を知っているお医者さんが、いてくれれば・・・と思うこともありました。
 
病院のひどい対応に、泣いたこともあります。けど、後ろを見ていても病気は治らない。
そして、何よりいろいろな人の優しさや、励ましに出会えました。
 
息子の通っている中学の担任の先生も、卒業した小学校の先生も、とても親身になってくださり、私達親子を支えてくださいました。
周りの温かさに感謝しています。
 
 この病気を多くの人に知ってもらい、今、原因不明で苦しんでいる息子のような子供たちを、一刻も早く助けてあげたいです。
 
 
これから、まだまだ長い道のりだとは思いますが、息子は、負けないで、病気と闘ってくれると信じています。
 
私の願いはたったひとつ、息子の体が元気になること・・・それだけです。
                                           
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 O 県 T.Y 様より
子どもが「脳脊髄液減少」ではないかと思い、診断、治療されている病院で受診しました。
医師は、「診察の時にCTなどがあれば持ってきて下さい」、と言われ、かかりつけの
脳神経外科に行ってきました。
 
話をすると、「そんなことが原因じゃない。そんなことはありえない!!」
 
あれだけ、新聞やテレビでやっていても、知ろうとしない医師・・・。
 
そして、かたくなに否定する・・・。
 
医師からそんな言葉が出てくるなんて・・・。  すごくショックでした。
皆さんが苦労してこられたのは、こういうことだったのだーと思い知らされました。
 私なんか、きっとまだましな方ですよね…。きっと…。
 
一緒に行った息子には「先生がちがうと言っているんだから、ちがうんだよ!
お母さんはしつこい!医者でもないくせに!」'と言われました。
 
私は、「何の為にこんなに必死になっているんだろう」と思って落ち込みました。
でも、信じようが信じまいが、事実は変わりようがありませんよね!
これから戦っていかなければいけないのかと思いました。
子供を守れるのは親だけですものね! 誰に何と言われようと・・・。
                                         
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