息子は、今年、20歳になります。
息子が10歳の時に、学校内で起きた事故が原因で、脳脊髄液減少症となり、
また、高次脳機能障害になってしまった今までの流れをお話します。
脳脊髄液減少症と診断されるまでに長い時間がかかりました。
・10歳の時、学校内の事故で脳挫傷、頭蓋内出血、頚椎捻挫、嘔吐症と診断されました。
その後、微熱・身体の痛み・耳や目の異常・頭痛・、記憶障害など様々な症状が出て
きました。原因がわからず、8箇所の医院、病院にかかりました。
・12歳の時、都内の大学病院で、[脳外傷後遺症]と診断されましたが、その後も調子が
悪い日が続いていました。
・17歳の時、新聞で読んだ「脳脊髄液減少症」の症状に当てはまったので都内の専門医に
受診し、ブラッドパッチ治療をしました。漏れはかなり止まりましたが、普通の人のように
大学に行ったり、働くには難があるようで、今後どうしたらよいのか途方にくれました。
・19歳の時、息子は、大学進学を希望して予備校に通いました。
しかし、長期記憶が難しいようで、受験勉強も相当苦労していました。
・そして、平成20年、息子は、20歳になります。
2回のブラッドパッチ治療後、様子を見ていますが、目の異常がとれ、頭痛、めまい
など楽になってきたようです。まだ、手、足のしびれ、腰痛などは取れないようです。
・今年のはじめに、高次脳機能の検査を専門病院で受けました。就職も無理ですし、
面倒見の良い大学を探し大学入学が出来ました。息子が興味を持つ学部で、8年
かかっても卒業できればと願っております。今後、どうなるか心配はつきません。
・伸び盛りの十代を脳脊髄液減少症で苦しんできたことは残念でなりません。
・現在、脳脊髄液減少症で苦しんでいる方、診断されていない方など、様々でしょうが、
この子ども達の苦しみ、周りの無理解、数々の試練が発達にどのように影響を及ぼすか
考えると残念でなりません。
・子ども支援チームのホームページを、沢山の方がご覧になって、理解を深められる
ことでしょう。
また、苦しんでいる方たちは、励まされ、光明を見出せるのではないでしょうか。