.:*:・'゜★゜'・:*  脳脊髄液減少症と高次脳機能障害 .:*:・'゜★゜'・:*: 
 
 

 不慮の事故が原因となり、脳脊髄液が漏れる「脳脊髄液減少症」の他に、「高次脳
機能障害」と診断され、もう一つの新たな病気と闘っている子どもたちがいます。
事故さえ起きなければ、子どもたちは二重の苦しみを背負うことはなかったはずです。

 高次脳機能障害とは?

とうきょう福祉ナビゲーション
財団法人東京都高齢者研究・福祉振興財団トップページ
(http://www.fukunavi.or.jp/fukunavi/)
・ 特集記事 「高次脳機能障害」の理解と支援の充実を目指してより 

★ 脳脊髄液減少症でも、深刻な高次脳機能障害が出ます。
 このことは、「高次脳機能障害」の専門医でも、まだまだ、理解が薄いようです。
 ある成人の患者さんは、高次脳機能障害に見られる特徴的な症状(記憶障害、
 集中力、記憶力の低下等)の殆んど全てを体験していると語っています。

 

★ 脳脊髄液減少症が日常生活の中で起りうる大変身近な病気であるのと同じく、
 高次脳機能障害も、日常生活の中で起こる可能性のある障害です。子どもが
 高次脳機能障害になってしまった場合も医師の理解不足に加え、学校の教師の
 理解がなかなか得られないことも、脳脊髄液減少症の患者の子どもたちと
 共通点が多いのが実情です。
  お二人のお母様より、現在の病状、病気の子に対する周囲の無理解、そして、
 子どもの将来を想う時の、胸が張り裂けそうなほどの不安を綴ったメッセージを
 いただきました。
東京都 E.H 様より
S市 T.S 様 より























★東京都 E.H 様より
・息子は11歳…
 小学校六年になりました。
 小学校四年生になってすぐに交通事故に遭い、意識のない数週間を過ごし奇跡的に
 回復してきました。

・高次脳機能障害を持っていますが、事故から半年で、休みながらも学校に通えるまでに
 なったものの、天候に左右されるように「めまい」を起す事が気になっておりました。

・「脳脊髄液減少症」と分かったのは、事故から1年9ヶ月経った2008年1月です。
 RI検査で痛かったのか、本人は「ブラットパッチ治療」を受ける事になかなか承諾を
 してくれませんでしたが、3週間ほどして「僕には選択の余地がないんだよね」と自分
 自身に言い聞かせるように何回も言いながら決心してくれました。

・この3月に1回目のブラットパッチを受け、暫くは良い感じでしたが、やはり、学校へ
 行くようになると、寝ている日が殆どになっています。
 一週間に1回登校できるのが現状です。
 しかし、全体的には、以前よりは軽くなった感じがするようですので、「少しは効果が
 あったんだね」と、先日、医師と話してきました。
 3ヶ月様子を見て、2回目をするかどうか判断する事になりました。
 親としては2回目をするしかないと感じてはいますが・・・

・昨年、担任の先生に障害(記憶)を理解されず、やむなく転校をしました。
 途中からの転校で、今の学校には親しい友達もなく、せめて最後の年だけは、楽しい
 思い出を作れるようにと本人も頑張っていますが、思うようにはなりません。

・今後の事を思うと沈む気持ちの中、つい、酷な事を本人に聞きました。
 「お前は、腎臓のこと、高次脳のこと、減少症のこと、いっぱい抱えているけど
 生きてゆきたい??生きたいよね」と。
 きっぱりと… 「生きたい!」と言われました。

・子供は、強かったです。
 親が思っている以上に強かったです。
 生まれた時から、病と向き合いながら生きてきた子なのを忘れていました。
 今は病に臥せっている子に、私が励まされながら頑張っています。

★S市 T.S 様 より

息子は、今年、20歳になります。

 息子が10歳の時に、学校内で起きた事故が原因で、脳脊髄液減少症となり、
 また、高次脳機能障害になってしまった今までの流れをお話します。
 脳脊髄液減少症と診断されるまでに長い時間がかかりました。

・10歳の時、学校内の事故で脳挫傷、頭蓋内出血、頚椎捻挫、嘔吐症と診断されました。
 その後、微熱・身体の痛み・耳や目の異常・頭痛・、記憶障害など様々な症状が出て
 きました。原因がわからず、8箇所の医院、病院にかかりました。

・12歳の時、都内の大学病院で、[脳外傷後遺症]と診断されましたが、その後も調子が
 悪い日が続いていました。

・17歳の時、新聞で読んだ「脳脊髄液減少症」の症状に当てはまったので都内の専門医に
 受診し、ブラッドパッチ治療をしました。漏れはかなり止まりましたが、普通の人のように
 大学に行ったり、働くには難があるようで、今後どうしたらよいのか途方にくれました。

・19歳の時、息子は、大学進学を希望して予備校に通いました。
 しかし、長期記憶が難しいようで、受験勉強も相当苦労していました。

・そして、平成20年、息子は、20歳になります。
 2回のブラッドパッチ治療後、様子を見ていますが、目の異常がとれ、頭痛、めまい
 など楽になってきたようです。まだ、手、足のしびれ、腰痛などは取れないようです。

・今年のはじめに、高次脳機能の検査を専門病院で受けました。就職も無理ですし、
 面倒見の良い大学を探し大学入学が出来ました。息子が興味を持つ学部で、8年
 かかっても卒業できればと願っております。今後、どうなるか心配はつきません。

・伸び盛りの十代を脳脊髄液減少症で苦しんできたことは残念でなりません。

・現在、脳脊髄液減少症で苦しんでいる方、診断されていない方など、様々でしょうが、
 この子ども達の苦しみ、周りの無理解、数々の試練が発達にどのように影響を及ぼすか
 考えると残念でなりません。

・子ども支援チームのホームページを、沢山の方がご覧になって、理解を深められる
 ことでしょう。
 また、苦しんでいる方たちは、励まされ、光明を見出せるのではないでしょうか。